Intoroduction

カナダで最も有名な画家
モード・ルイスが教えてくれる、
人生で大切な喜びとは

カナダの小さな港町で、子供のように無垢で愛らしい絵を描き続けた素朴派画家のモード・ルイス。夫のエベレットは不器用ながらも妻のサポート役として献身的に尽くしていた。孤独だった2人が運命的な出会いを経て、夫婦の絆とたしかな幸せを手に入れた感動の実話を映画化!

毎日、鮮やかな色彩でカナダの美しい風景と動物たちを描いたモードは、愛とユーモアに満ちた心象風景を心の赴くままに描いた。その魅力は海を渡り、当時のアメリカ大統領ニクソンから依頼を受けたこともあったという。日本ではまだ知る人ぞ知る存在だが、本国では小品でもオークションで500万円を超える人気を誇る、カナダで最も愛されている画家である。

電気も水道もなく、わずか4メートル四方の小さな家で慎ましく暮らすモードを演じるのは、『ブルージャスミン』(13)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた実力派サリー・ホーキンス。絵本作家の両親を持ち、自身もイラストレーター志望だったサリーは、役作りのために素朴派画家の絵画クラスに数ヶ月間通ったという。背中を丸め、縮こまった手で絵筆を握る姿はモードが乗り移ったかのようだ。妻への愛と尊敬の念を無骨に隠すエベレットには、『6才のボクが、大人になるまで。』(14)などでアカデミー賞ノミネート常連組のイーサン・ホーク。本作出演後に、モードの作品を2点購入したという美術愛好家の一面を持つ。カナダの広い空の下で一風変わった夫婦の愛を描くのは、ホーキンス主演のTVドラマ「荊の城」(05)のアシュリング・ウォルシュ監督。再びサリーとタッグを組んだ本作はベルリン国際映画祭をはじめ世界の名だたる映画祭で上映され、観客賞ほか多くの賞を受賞。世界中で愛される、彼女の代表作となった。

幼い頃から障害を抱え、家庭に恵まれなかった1人の女性が、生きがいである絵と夫の愛に包まれて花開いていく。「どんな人生でも自由な精神で楽しめば、素晴らしいことが待っている」と教えてくれる感動作が誕生した。

Story

「絵を描きながら、あなたと暮らすのが私の幸せ」

カナダ東部のノバスコシア州。小さな町で叔母と暮らすモード(サリー・ホーキンス)は、絵を描くことと自由を愛していた。ある日、商店で買い物中のモードは、家政婦募集の広告を貼り出した男に興味を持つ。男は町はずれで暮らし、魚の行商を営むエベレット(イーサン・ホーク)。モードは束縛の厳しい叔母から逃れるため、住み込みの家政婦になろうと決意。彼が1人で暮らす家のドアをノックした。

子供の頃から重いリウマチを患い、両親が他界した後は一族から厄介者扱いされてきたモード。孤児院で育ち、学もなく、生きるのに精一杯だったエベレット。そんなはみ出し者同士の同居生活はトラブル続きで、2人を揶揄する噂が広まる。しかし、モードがこしらえた熱々のチキンシチューを口にして、エベレットは孤独だった心が温まるのを感じるのだった。

そんな時、エベレットの顧客サンドラが家を訪れる。ニューヨークから避暑に来ている彼女は、モードが壁に描いたニワトリの絵を見て一目で才能を見抜き、絵の創作を依頼する。サンドラの期待に応えようと、モードは夢中で筆を動かし始めた。壁に、板に、請求書の裏に。そんな中、徐々に互いを認め合い、距離を縮めていったモードとエベレットは結婚。一方モードの絵は雑誌やテレビで取り上げられ評判となり、小さな家には観光客が押し寄せる。絵の創作に集中するモードに代わり、エベレットが家事と営業を担当するようになっていた。変わらず慎ましやかな生活を送り続ける2人は絵が1枚5ドルで売れる状況に驚き、顧客が喜ぶ姿を見るだけで満足していた。モードの絵の評判は広がり続け、やがてアメリカ合衆国大統領のニクソンから依頼が舞い込むまでに......。

AboutMaud

モード・ルイス
MaudLewis1903-1970

カナダのフォーク・アート画家。
1903年3月7日、カナダのノバスコシア州ヤーマス郡サウス・オハイオで生まれる。若年性関節リウマチを患い、生涯にわたって手足が不自由で体も小さかった。 両親を相次いで亡くし、さらに実兄が実家を引き継いだため、ノバスコシア州ディグビー郡にある叔母の家で暮すことになる。
1938年に魚の小売業を営むエベレット・ルイスと出会い結婚。エベレットはディグビー郡マーシャルタウンにある小さな小屋に住んでいたため、モードは亡くなるまでの32年間、ガスも電気も水道も無い小さな家でエベレットと暮すことになる。エベレットが魚を売る際にモードの描いたポストカードを一緒に売りだしたことで絵が評判となる。当初は1枚25セントで販売していた。
1964年にカナダの週刊誌「Star Weekly」で紹介されると、彼女の名はカナダ中に知れ渡る。更に1965年にはカナダ国営放送CBCのドキュメンタリー番組「Telescope」で取り上げられ、アメリカのニクソン大統領からも絵の依頼が来るほどに。モードの絵はホワイトハウスに2枚飾られていた。
1970年、関節炎と気腫の合併症による肺炎で死去。

  • モードとエベレットが暮した4メートル四方の家。現在はハリファックスにある、ノバスコシア美術館にモードの絵画と共に常設展示されている。
  • モードは家の壁や窓、掃除道具や皿などにまで絵を描き、家の中を自身の絵で埋め尽くした。

Maud Lewis, Maud Lewis House, Collection of the Art Gallery of Nova Scotia. Photo: Steve Farmer

  • モードとエベレットが暮した4メートル四方の家。現在はハリファックスにある、ノバスコシア美術館にモードの絵画と共に常設展示されている。
  • モードは家の壁や窓、掃除道具や皿などにまで絵を描き、家の中を自身の絵で埋め尽くした。

Maud Lewis, Maud Lewis House, Collection of the Art Gallery of Nova Scotia. Photo: Steve Farmer

Trailer

CastProfile

サリー・ホーキンスモード・ルイス

1976年4月27日、イギリス・ロンドン出身。98年に王立演劇学校(RADA)を卒業後、舞台女優として活躍。『人生は、時々晴れ』(02)で映画デビュー。08年に主演した 『ハッピー・ゴー・ラッキー』で、ゴールデングローブ賞コメディ・ミュージカル部門主演女優賞を受賞し、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞)を獲得した。13年にはウディ・アレン監督の『ブルージャスミン』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされるなど、演技派女優としての評価を高めている。主な出演作は、『レイヤー・ケ ーキ』(04)、『ウディ・アレンの夢と犯罪』(07)、『17歳の肖像』(09)、『わたしを離さないで』(10)、『ジェーン・ エア』(11)、『GODZILLA ゴジラ』(14)、『パディントン』(14)、『僕と世界の方程式』(14)、『パディントン2』(17)、『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)など。

イーサン・ホークエベレット・ルイス

1970年11月6日、アメリカ・テキサス州オースティン出身。『エクスプロラーズ』(85)で映画デビュー。学業のために一時活動を中断するも、『いまを生きる』(89)で復帰、以降様々な作品に出演。出演作は40本を超えており、俳優以外にも、映画の脚本および監督、舞台演出、小説も手掛けている。『トレーニングデイ』(01)、『6才のボクが、大人になるまで。』(14)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたほか、自身が脚本を手がけた『ビフォア・サンセット』(04)、『ビフォア・ミッドナイト』(13)では同脚色賞にノミネート。主な出演作は『リアリティ・バイツ』(94)、『恋人までの距離』(95)、『ガタカ』(97)、『マギーズ・プラン-幸せのあとしまつ-』 (15)など。監督作は『チェルシーホテル』(01)、『痛いほどきみが好きなのに』(06)、『シーモアさんと、大人のための人生入門』(14)では初のドキュメンタリーを手がけている。

カリ・マチェットサンドラ

1970年3月25日、カナダ出身。モントリオールのカナダ国立演劇学校を卒業後、舞台女優として活躍。アメリカのTVドラマ「コバート・アフェア」(10〜14)で人気を博した。主な映画出演作は『カンパニー・マン』(02)、『キューブ2』(02)など。本作でACTRAアワードの助演女優賞にノミネートされた。

ガブリエル・ローズアイダ

1954年カナダ出身。カナダを中心に、映画、演劇、TVドラマなどで活躍している。主な映画出演作は、『スウィートヒアアフター』(97)、『シスターズ』(08)、『イフ・アイ・ステイ愛が還る場所』(14)、『僕のワンダフルライフ』(17)など。

StaffProfile

アシュリング・ウォルシュ監督

1958年、アイルランド・ダブリン出身。Dun Laoghaire Institute of Art, Design and Technologyでファインアートを学んだ後、イギリスの the National Film and Television School で映画制作を学ぶ。卒業後はイギリスを拠点として映画やTVドラマの制作に携わる。03年に制作した映画『Song for a Raggy Boy』が世界の映画賞に14部門受賞、6部門ノミネートされ高い評価を受ける。主な監督作品は、本作の主演サリー・ホーキンスも出演しているTVドラマ「荊の城」(05)や「An Inspector Calls」(15)など。

シェリー・ホワイト脚本

カナダのニューファンドランド・ラブラドール州出身。カナダの映画やTVドラマを中心に、女優、脚本家、監督、プロデューサーと幅広い分野で活躍。脚本家を手掛けた主な作品は『The Breadmaker』(03)、『Down to the Dirt』(08)、『Crackie』(09 / 監督も担当)など。

ProductionNotes

ペインテッドハウスを再現する

モードが転がり込んだエベレットの家、後に彼女の最大の作品となる“ペインテッドハウス”は、1984年にマーシャルタウンからハリファックスのノバスコシア美術館へ移築された。現在、跡地には記念彫刻が建てられているため、撮影用の“ペインテッドハウス”を再建することになった。監督とプロダクション・デザイナーのジョン・ハンドがイメージした全体のビジュアルは、色鮮やかなモードの作品群に加え、アメリカン・リアリズムの代表的画家アンドリュー・ワイエスや、50年代に注目されたエルマー・ビショッフ、労働者階級の人々の生活を写実的に描いたアッシュカン派の作品だったという。また、撮影監督のガイ・ゴッドリーが撮りためていた風景写真、アンドレイ・タルコフスキー監督のポラロイド写真、ノルウェーの写真家、エリン・ホイランドやロシア・ラングの写真などから、くたびれきって底辺にはまり込んだような雰囲気も参考にしたという。当初はスタジオに家のセットを用意する予定だったが、監督が「サリーとイーサンは、作り物の家を見て何を感じるだろうと心配になった」ことから方向転換。ニューファンドランド島のセント・ジョンズ郊外に家を再建することになったのだ。近隣に40年代の雰囲気を残す街並みや港が残っていたのもロケ地として最適だった。

3人はノバスコシア美術館や残された写真と映像などから家に関するあらゆるデータを収集し、島の大工や景観デザイナーの力を借りて撮影用“ペインテッドハウス”は完成した。実際のサイズ(4.1m×3.8m)から、内部での撮影が可能な4.2×4mに拡張。2階部分は設計上1階より狭くなるため、スタジオにセットを設営した。美術スタッフは家の建築中、2人が使っていたものに近いストーブや鳩時計、モードが長年集めていたカレンダーなどの小道具集めに島内を奔走。エベレットが商売で使う手押し車は、美術館で見た写真を参考に、ハンドが自力で作り上げた。

2人が暮らした32年の時を4つの時代に分けてストーリー展開するのに合わせ、家は3回リフォームし、屋内の建具や調度品も時の流れに沿って絵が描き足された。そのため、現在の撮影では珍しく、順撮りで行われている。

モードに引き寄せられたキャストたち

「荊の城」で主演したサリー・ホーキンスの才能を認めていた監督は、32年間の変化を表現する演技力も彼女なら持ち合わせていると確信していた。「監督から、窓辺に座る晩年のモードの写真が送られてきました。素晴らしい手とそこから産み出された作品を見たら、台本を読むまでもなくモード役をやるしかないと、出演を即決しました。撮影までの数ヶ月間、ロンドンの教会で開催されていた素朴派画家の絵画教室に通いました。本編中にモードが壁や窓に絵を描く場面がありますが、あれは実際に私が描いていますし、撮影に使われた絵画のいくつかも私の作品なんですよ」と語るサリーの両親は共に絵本作家で、学生時代には美術と演劇のどちらを選ぶか悩んだという腕前なのだ。プロデューサーのメアリー・ヤング・レッキーも「ロンドン出身のサリーは、カナダのノバスコシアの方言やモードの話し方をマスターする必要がありました。また、モード特有の体の動きを再現するためにダンスのレッスンも受けて、モードになりきったんです」と彼女の熱意を称賛している。

エベレット役のイーサン・ホークが出演オファーを決めたのは、妻の一言だった。「ある晩、帰宅したら妻がキッチンですすり泣いていたんだ。驚く僕に彼女はこう言ったのさ、“脚本を読む前に、この役を引き受けると約束して”と。僕より先に妻がモードに恋したんだ(笑)。もちろん、僕も心が躍ったよ。大人の恋愛を描いた作品は最近とても少ないけれど、本作は過去にない美しいラブストーリーだ。その後、実際の彼らのインタビュー映像を見て、この素晴らしい夫婦の物語を世に広めたいと強く思うようになった」

2人の世界を衣装と音楽で表現する

衣装デザイナーのトリシャ・バッカーは、モードの色彩と、モードとエベレットの写真からインスピレーションを受けた。また、ふたりの生活は決して裕福でなかったことから、教会のチャリティーショップや古着屋で安く手に入れた洋服を大切に着続けていたのでは、と推測した。プロデューサーのレッキーは語る。「モードは鮮やかな色を好み、スカート、ブラウス、セーター、細かい柄のエプロンドレスの組み合わせが定番でした。帽子やブローチもお気に入りのようで、インタビュー場面でモードが身につけているパレット型のブローチは、支援者からの大切な贈り物だったようです。これをトリシャが再現しました。一方、肉体労働者のエベレットは機能性重視で、木こり風の分厚い重ね着と重いブーツが普段着でした。ニューヨークで働く女性サンドラは、常にファッションの最先端を追っていたはずなので、彼女を見れば当時の流行がわかります。それぞれの衣装は当時の生地の質感と色味を再現するために、衣装スタッフがデッドストックの布を調達して仕立てています」

音楽はモードが愛したカナダと、監督の祖国アイルランドから選ばれている。サンドラからカードの制作依頼を受け、モードの人生が開花するシークエンスでは、カナダのシンガ ーソングライター、メアリー・マーガレット・オハラのラブソング「Dear Darling」が。ラストに流れるのは、アイルランドの出身のリサ・ハニガンによる「Little Bird」。ハニガンはアニメ映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(14)でもメイン曲を担当したアイルランドの歌姫だ。ケルト音楽を感じさせるギターのサントラは、カナダの伝説的バンド、カウボーイ・ジャンキーズのギタリスト、マイケル・ティミンズが担当。彼らの曲「Something More Besides You」でエンドクレジットは締めくくられる。

ペインテッドハウスを再現する

モードが転がり込んだエベレットの家、後に彼女の最大の作品となる“ペインテッドハウス”は、1984年にマーシャルタウンからハリファックスのノバスコシア美術館へ移築された。現在、跡地には記念彫刻が建てられているため、撮影用の“ペインテッドハウス”を再建することになった。監督とプロダクション・デザイナーのジョン・ハンドがイメージした全体のビジュアルは、色鮮やかなモードの作品群に加え、アメリカン・リアリズムの代表的画家アンドリュー・ワイエスや、50年代に注目されたエルマー・ビショッフ、労働者階級の人々の生活を写実的に描いたアッシュカン派の作品だったという。また、撮影監督のガイ・ゴッドリーが撮りためていた風景写真、アンドレイ・タルコフスキー監督のポラロイド写真、ノルウェーの写真家、エリン・ホイランドやロシア・ラングの写真などから、くたびれきって底辺にはまり込んだような雰囲気も参考にしたという。当初はスタジオに家のセットを用意する予定だったが、監督が「サリーとイーサンは、作り物の家を見て何を感じるだろうと心配になった」ことから方向転換。ニューファンドランド島のセント・ジョンズ郊外に家を再建することになった のだ。近隣に40年代の雰囲気を残す街並みや港が残っていたのもロケ地として最適だった。

3人はノバスコシア美術館や残された写真と映像などから家に関するあらゆるデータを収集し、島の大工や景観デザイナーの力を借りて撮影用“ペインテッドハウス”は完成した。実際のサイズ(4.1m×3.8m)から、内部での撮影が可能な4.2×4mに拡張。2階部分は設計上1階より狭くなるため、スタジオにセットを設営した。美術スタッフは家の建築中、2人が使っていたものに近いストーブや鳩時計、モードが長年集めていたカレンダーなどの小道具集めに島内を奔走。エベレットが商売で使う手押し車は、美術館で見た写真を参考に、ハンドが自力で作り上げた。

2人が暮らした32年の時を4つの時代に分けてストーリー展開するのに合わせ、家は3回リフォームし、屋内の建具や調度品も時の流れに沿って絵が描き足された。そのため、現在の撮影では珍しく、順撮りで行われている。

モードに引き寄せられたキャストたち

「荊の城」で主演したサリー・ホーキンスの才能を認めていた監督は、32年間の変化を表現する演技力も彼女なら持ち合わせていると確信していた。「監督から、窓辺に座る晩年のモードの写真が送られてきました。素晴らしい手とそこから産み出された作品を見たら、台本を読むまでもなくモード役をやるしかないと、出演を即決しました。撮影までの数ヶ月間、ロンドンの教会で開催されていた素朴派画家の絵画教室に通いました。本編中にモードが壁や窓に絵を描く場面がありますが、あれは実際に私が描いていますし、撮影に使われた絵画のいくつかも私の作品なんですよ」と語るサリーの両親は共に絵本作家で、学生時代には美術と演劇のどちらを選ぶか悩んだという腕前なのだ。プロデューサーのメアリー・ヤング・レッキーも「ロンドン出身のサリーは、カナダのノバスコシアの方言やモードの話し方をマスターする必要がありました。また、モード特有の体の動きを再現するためにダンスのレッスンも受けて、モードになりきったんです」と彼女の熱意を称賛している。

エベレット役のイーサン・ホークが出演オファーを決めたのは、妻の一言だった。「ある晩、帰宅したら妻がキッチンですすり泣いていたんだ。驚く僕に彼女はこう言ったのさ、“脚本を読む前に、この役を引き受けると約束して”と。僕より先に妻がモードに恋したんだ(笑)。もちろん、僕も心が躍ったよ。大人の恋愛を描いた作品は最近とても少ないけれど、本作は過去にない美しいラブストーリーだ。その後、実際の彼らのインタビュー映像を見て、この素晴らしい夫婦の物語を世に広めたいと強く思うようになった」

2人の世界を衣装と音楽で表現する

衣装デザイナーのトリシャ・バッカーは、モードの色彩と、モードとエベレットの写真からインスピレーションを受けた。また、ふたりの生活は決して裕福でなかったことから、教会のチャリティーショップや古着屋で安く手に入れた洋服を大切に着続けていたのでは、と推測した。プロデューサーのレッキーは語る。「モードは鮮やかな色を好み、スカート、ブラウス、セーター、細かい柄のエプロンドレスの組み合わせが定番でした。帽子やブローチもお気に入りのようで、インタビュー場面でモードが身につけているパレット型のブローチは、支援者からの大切な贈り物だったようです。これをトリシャが再現しました。一方、肉体労働者のエベレットは機能性重視で、木こり風の分厚い重ね着と重いブーツが普段着でした。ニューヨークで働く女性サンドラは、常にファッションの最先端を追っていたはずなので、彼女を見れば当時の流行がわかります。それぞれの衣装は当時の生地の質感と色味を再現するために、衣装スタッフがデッドストックの布を調達して仕立てています」

音楽はモードが愛したカナダと、監督の祖国アイルランドから選ばれている。サンドラからカードの制作依頼を受け、モードの人生が開花するシークエンスでは、カナダのシンガ ーソングライター、メアリー・マーガレット・オハラのラブソング「Dear Darling」が。ラストに流れるのは、アイルランドの出身のリサ・ハニガンによる「Little Bird」。ハニガンはアニメ映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(14)でもメイン曲を担当したアイルランドの歌姫だ。ケルト音楽を感じさせるギターのサントラは、カナダの伝説的バンド、カウボーイ・ジャンキーズのギタリスト、マイケル・ティミンズが担当。彼らの曲「Something More Besides You」でエンドクレジットは締めくくられる。

美しい指の射す光

窓にかざす絵の具まみれの指先、
窓の向こうの不器用な愛おしい人、
窓に流れる雪解け、窓を動かす妖精のような鳥たち...
窓にうつる景色すべてが彼女にとっての命の絵。
つねに部屋の中より窓の向こうの方が明るい。
暗い部屋の中でリウマチである身体を必死に動かしながら描く
彼女の絵が彼女自身と大切な人を照らしていく。
彼女の絵が物語る。言葉はいらない。
本当にあった小さな小さな命の絵のおはなし。

これは映画というより
ひとつひとつのフレームに宿る心象画だ。
絵を描くように魅了され、
そのフレームの中にも絵を描く彼女がいて、
彼女にとっての窓は命のフレーム。
まるでマトリョーシカのように
観るものに想いを重ねあわせていく映像美。

観終わってから絵をみると水彩の涙が滲み色が広がっていく。
自由はここにあるのだなと再確認できた。

愛おしい人の絵は 世界の何よりも美しい。

goen°
アートディレクター 森本千絵

カナダで最も有名な画家の、
喜びと愛に満ちた真実の物語