若い頃の私は、ずっと人の目で生きていました。
嫌われないこと、浮かないこと、失敗して笑われないことばかり考えていた。
その結果、恋愛も仕事も人生も、自分で自分を止め続けていました。
でも今振り返ると、人生は若いうちから「自分探し」をして完成させるものではなかったと思っています。
まずは生き延びること。
本を読むこと。
そして、無理やりでも少しずつ動くこと。
今回は、そんな私自身の実感をもとに、
「人の目に縛られていた人間が、どうやって人生を少しずつ反転させていけたのか」
を短くまとめます。
人生を悪くするのは、能力不足より「動けない時間」だった
若い頃の私は、別に何もかもが悪かったわけではありませんでした。
仕事も一応安定していたし、容姿も普通。
官公庁の堅い職場にいたこともあってか、女性に好かれることも何度かありました。
でも、結果にはつながらなかった。
理由は単純で、極度のあがり症だったからです。
今ならはっきり言えます。
人生を悪くする最大の原因は、金がないことでも、才能がないことでもありません。
人の目を気にして、自分で自分を止め続けること。
これが本当に大きい。
自分に何が向いているのか。
どう生きるのが正しいのか。
本当にやりたいことは何なのか。
女性にどう接していいのかわからない。
好きなのに、うまく応えてあげられない。
そんなことを、ずっと考えたり悩んだりしていた気がします。
でも60代になった今は、かなり考え方が変わりました。
人生は、自分探しから始めるものではない。
まずは生き続けること。
そのうえで、興味のあることをやる。
行きたい場所に行く。
本を読む。
恥をかいても少し動く。
そうしているうちに、自分の志向や生き方は後からできてくる。
順番は逆だったのです。
孤独な時期に私を支えたのは読書だった
私にとって読書は、趣味というより避難場所でした。
親との関係もうまくいかなかった。
人間関係にも、どこか息苦しさがあった。
そんな中で、本だけは別の世界を見せてくれた。
いろんな本を乱読するうちに、世の中には親や学校や職場の価値観だけではない、別の考え方や別の生き方があることを知りました。
これは大きかったです。
人は孤独になると、目の前の人間関係が世界のすべてのように感じがちです。
でも本を読むと、それが崩れる。
親の価値観がすべてではない。
職場の常識がすべてではない。
周囲の評価が、人間の価値のすべてではない。
読書は、知識を増やすだけのものではありません。
孤独な人間が、自分の中に足場を作る方法でもあります。
人生を変えたのは、立派な目標ではなく「少しでも動くこと」だった
本を読むだけでは、人は変わりません。
考えるだけでも変わらない。
最後に必要なのは、やはり行動です。
立派でなくていい。
怖くてもいい。
不格好でもいい。
少しでも気になるならやってみる。
半歩でも前に出る。
私は20代後半から、その重要性に薄々気づいていました。
そして、少しずつでも動くようになってから、人生はゆっくり変わっていきました。
事実として、私はバツイチだった50歳で再婚し、子どもにも恵まれ、資産も着実に築いてきました。
もちろん運もあります。
でも、人の目を気にして止まり続けていたら、今の人生にはなっていなかったと思います。
若い頃のお金は、ため込むより人生を動かすために使ったほうがいい
資産形成は大事です。
節約も投資も必要です。
でも、若いうちからお金をためること自体に執着しすぎるのは違うと思っています。
若い頃のお金には、単なる残高以上の意味があるからです。
移動できる。
経験できる。
学べる。
人に会える。
景色を変えられる。
つまり、人生の流れを変える力がある。
私の感覚では、若いうちのお金は全部ため込むのではなく、かなりの部分を自分の経験や学びや行動に使ったほうがいい。
お金は、持っているだけでは人を変えません。
使って初めて、人生を動かします。
続きはnoteに書きました
ここではかなり短くまとめましたが、本編ではもっと踏み込んで書いています。
・人の目を気にする人が、自分で自分を監視してしまう構造
・自己肯定感が弱い人間が、それでも前に進む方法
・読書がなぜ「自分の軸」を作るのか
・スピ系や新興宗教に絡め取られやすい人の共通点
・遅咲きでも人生が変わる人の特徴
人生は、自分探しをしてから始まるものではない。
生き延びて、本を読んで、少し動く。
意味は、その後からついてくる。
